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たまに


自分が声を出さないと振り返らない人と、自分が黙ってても振り返る人と、どっちと一緒にいた方が幸せなんだろうって思う。
そういうものって、びっくりするぐらい反比例で、すごく上手いこといかなくて、自分が声に出して振り返ってくれればって思う。逆に自分が黙ってたらそのまま去ってしまえばいいのにって。



私には、何年もずっと会うことを断り続けてる人達がいる。
理由は、いても楽しくなくて、会ったところで自分の中のなんにも満たされない。いい思い出も思い出せない、そんな人たちだから。
でも、私がこんなこと思ってるとも思ってないんだろう、いつも声をかけ続ける。
もしかしたら、うすうす感じて入るのかもしれないけど、それでもずっと声を出し続けてる。
いい加減、やめちゃえばいいのに。
そう思ってはいるけど、私も本音を言えない。居心地がいいからだ。
その人たちにとって私は、どんな形であろうと、どんな大きさであろうと、自分のメンツやプライドや他のよくわからない何かを守るためだとしても、必要な存在なんだろうから。


でも、私が声をかける人間は違う。
自分の世界を生きていて、私はオプションで、でも、たまーーに私が必要で、でも自分から声をかけることはない、みたいな。そんな人たち。
こういう人が好きで、自分と似てたり、合ってるからしょーがないし、何だかんだで好きだから、たまにかけられる声に揺らぎそうになる。
ほんの少しの虚しさが救われる感じがするからだよね。きっと。


でもね、その声に振り返ってよかった、と思うこと少ないのよ。
振り返れば良かったって思う声はあったけど、自分が後悔することわかってるのよ。
だって、面白くないんだもん。
そこに行く時間があるなら、小説の1つでも読みたい。映画1本見たい。大好きなテーマのアメトーークでも見てたい。眠っていたい。どうでもいいけど考えるのが楽しいことを考えたり、ふっと思った疑問を調べて納得したい。
人と人の関わりや声や考えを聞くのは好きだけど、聞きたくない。興味が無い。
こんな私は最低なんだろうな。


人の思いは必ず両思いとは限らないのね。
ううん、両思いだとしても、質も量も測れないからわからないんだ。
そして、測るその匙も人によって違うんだから、過去の事象みたいに、完璧にわかるはずなんてないんだ。
だから、本当に私に会いたいかなんてわからない。
ただテキトーにやってたパズルのピースが揃わないぐらいの気持ちで、私を呼んでいるのかもしれない。
だからこそ、私の好きなようにやるしかない。
自分の気持ちだけが大事だなんて思わないけど、私の大事なものは自分の気持ちが決めるものだな。
私は何が大事かなんて確かな目はもっちゃいないけど、でも、記憶も当時の気持ちもいいものに置き換えることはできない。辛かった。