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いつも


申し訳なさと自責の念。自分の保身にばかり気持ちがいって、自分のことしか考えてなくて、人が自分のことを気にかけてくれていたことに気づかなかった。

そういう経験が私には2度ある。


1度目は高校時代。
2度目は大学1年の頃。

どっちも、4、5年経った今でも忘れられないくらい、気持ちが薄れないくらい、心の中にずっとある。




他人が自分以外のことをずっと考えてくれてるのは奇跡に近いものだと思う。誰もが自分が明日生き延びることに精一杯で、将来への不安とか自分のストレスを発散させることに精一杯で、でもそんな中、自分と違う誰かの頭に自分のことが頭にある。意識の中にある。そんなの当たり前のことでもない。怒りや悲しみからくるものでもなければ余計当たり前ではない。
そのことに、甘えていた。気づかなかった。自分の中からくるものや目で見えるものだけを信じていた。


でも違う。歪んでいた。


武藤と会うといつも思う。楽しい気持ちと同じぐらいに押し寄せる。どうしてるのかな、とか元気かな、なんて心配する身分じゃないことも、なんであんな事したんだろうと後悔の思いも。
それでも、話を聞いて心配してるよ、とか近況聞いてくるよ、とかそんな言葉が出る度に、感謝しかない。私は何も無いし、何もしていない。それどころか私は好意を無下にしたのと同じなのに、それでも何年経った今でも、私のいないところで私の名前が出ること。
疑問もあるけど、泣くほど嬉しい。いつも武藤と別れたあと、泣きそうになりながら電車に乗る。


私は今まで特別不幸なことは起きなかった人生だった。なんなら、逆で人よりもごく普通という、幸せな人生を歩んでいると思う。羨ましがられる方の人間だと思う。だから自分を不幸だなんて思ったことない。
でも自分を情けないとは何度も思った。何度も何度も何度も、色んなことで思った。
その上、人を傷つけてしまっているかもしれない。悪口を言われることと、暴力を振るわれることと、同じぐらい残酷な否定。


すべては自分の身ばかりを、案じていたせい。


でも、もうこれからは捨てたくない。
可能ならちゃんとお礼を言いたい。